4月20日、久しぶりにラ・プティットバンドに出演しました。
この日はルーヴァンの聖ピーター教会に設置される予定のオルガンのお披露目で、ルーヴァン市のオーケストラであるラ・プティット・バンドがちょっとしたコンサートを市から仰せつかった、という次第。
曲目はバッハのブランデンブルグ協奏曲第6番と第5番。
この日の眼目はなんと言ってもシギスヴァルト・クイケンがチェロ・パートをヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ(violoncello da spalla)あるいはヴィオラ・ダ・ポンポーザ(viola da ponposa)ともいうべき楽器で演奏したこと。
バッハの記述に出てくる謎の楽器、ヴィオラ・ダ・ポンポーザは恐らくこのような楽器であったらしい。そしてこの楽器は今、17世紀から18世紀初頭にかけてのヴィオロンチェロという楽器の観念を揺るがせている。すなわち、その時代、バッソ(basso)あるいはヴィオローネ(violone)と書かれたパートは今私たちが知るバロック・チェロに近い楽器(もう少し大型の場合が多い)で弾かれていたが、「ヴィオロンチェロ」と書かれた場合、いわゆる足に挟むバロック・チェロではなく、ここに見る「スパッラ」型の楽器を指していたというのだ。ちなみに「スパッラ」とはイタリア語で「肩」の意。すなわち「肩(にかける)チェロ」。
バッハの曲に「ヴィオラ・ダ・ポンポーザ」を指定されたものはない。それゆえ、この楽器はいかなるときに使われたのか、謎は深まるばかりだった。しかし、カンタータの中で、「ヴィオロンチェロ・ピッコロ」すなわち「小さなチェロ」のオブリガート付きのアリアが何曲かある。これらの曲のチェロ・ピッコロのパートはパート譜では通奏低音ではなく、なんと第1ヴァイオリンのパートに書かれているのだ。となると、演奏テクニックはチェロよりははるかにヴァイオリンに近いこのヴィオロンチェロ・ダ・スパッラという楽器、これこそがバッハの言う「ヴィオラ・ダ・ポンポーザ」だったのではあるまいか?そして、チェリストではなく、ヴァイオリニストが演奏したのではないか。ちなみにバッハの楽器は5弦だったといわれるが、通常は4弦で、調弦、音域はまったくチェロと同じ。五弦の場合はそれに5度上のEの高音弦が足される。
シギスヴァルトのものはこの5弦タイプだ。
そしてこの楽器はバッハのヴィオラ・ダ・ポンポーザといわれるホッフマンの楽器をモデルにしており、通常のスパッラの中では小型のもののようだ。当時の銅版画などを見ると、もっと大きな楽器をこのように構えて演奏しているのがしばしば見られる。
さて、演奏はというと、通常非常にアンサンブル、つまり「合わせること」の難しいブランデン協奏曲第6番、これはひとえに第3楽章のチェロパートの難しさによるものだが、 これが2つのヴィオラと、スパッラという3台のヴァイオリン型テクニックの楽器で演奏されたことにより、ボウイングのテクニックの類似性からか今までよりもはるかにアンサンブルがしやすかった。そしてスパッラの音の軽やかさにより、アンサンブル全体に透明感がでた。
そして、チェンバロをはさんで左側に2本のヴィオラ、とスパッラ、右側に2台のガンバとヴィオローネというように、ステージの右と左に、ヴァイオリン族、ガンバ族が分かれて並んだ配置も視覚的に効果的であったように思う。
この楽器はブリュッセル在住ロシア人製作家でヴァイオリニスト、元ミト・デラルコの第2ヴァイオリン奏者、ディミトリー・バディアロフ氏が作ったもの。シギスヴァルトは1年ほど前に手に入れ、練習を積んできた。今回はその成果が着実に現れていたと思う。音量、音程、表現、全てにおいて説得力が増していた。
さて先ほどのヴィオロンチェロ=ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラの考え方を推し進めると、17世紀から18世紀初頭にかけてのすべての「ヴィオロンチェロ」のための音楽は、このスパッラで演奏できる、いやむしろたいていの場合、スパッラのほうがふさわしいともいえる。たとえばマッテゾンはスパッラを「通奏低音を弾くのに理想的な楽器」と定義している。
そしてチェロのための独奏曲、たとえばバッハの無伴奏チェロのための組曲。これらの曲はもしかすると「ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ」あるいは「ヴィオラ・ダ・ポンポーザ」を念頭に置いて書かれたものではないのか?
「スパッラ」や「ポンポーザ」のような特殊な名前を冠せず、単に「ヴィオロンチェロのための組曲」としているのは、「ヴィオロンチェロ」と言えばそういう楽器を指す、ということが当時の常識として当たり前であったからではないのか?
実際幾つかの部分で比べてみると、普通のチェロでは演奏が困難な部分、特に指使いの点で、をスパッラのヴァイオリン的な指使いに置き換えてみると、大部分が解決するらしい。
もちろん、スパッラにはまた別の演奏の困難さがあるのだが。
もちろん1番からは5番までは4弦しか必要ないので、恐らくは少し大型の、4弦のスパッラだったのかもしれない。6番は「5弦で」と明記してあるので小型の、まさにシギスヴァルトが使っているような楽器を想定していたのかもしれない。
実を言うと僕自身、この楽器に非常に興味を惹かれており、半年ほど前に注文をしました。
それが今や完成間近で来週にも出来上がろうという勢いです。
完成した際にはまた皆さんにご報告したいと思います。お楽しみに。
(スパッラのレッスン?? 僕が持つと「駅弁売り」に見えると言う意見あり)
さてこの日、僕が担当したのは第6番の第1ヴィオラと第5番のヴァイオリンソロ。
他に、秋葉美佳(第2ヴィオラ)、エヴァルト・デメイヤー(チェンバロ)、ヴィーラント・クイケン(ヴィオラ・ダ・ガンバ、バッス・ドゥ・ヴィオロン)などが出演しました。